​AI OZAKI

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7 月 31 日

 

 自分の手や腕は顔よりも目に入る時間が多いはずなのに小さな変化には気がつきにくい。 小さい頃にあった手のひらの黒子はいつの間にか消えていて、手の甲には黒子が増えた。も うすぐ30歳になる自分の皮膚を、変化も愛せるように、でも急激な変化は少し辛い気もして必要以上日焼けしないように気をつけようと思った矢先、つい日焼け止めを塗らずに過ごしてしまった。 久しぶりの遠出は海だった。遊ぶのに夢中で、気がついた時には両腕はひりひりと熱を持ち、 真っ赤になっていた。じっくり日差しに焼かれた両腕は濡れタオルを巻かねばいられないほどに痛い。ひきつる肌は少し曲げただけでしわが刻まれる。腕だけ一瞬で年をとったようだ。 ひりひりした痛みは数日続き、気がついたら熱だけが残っていた。

 火照りも消えた頃、痒みが出てきた。よく見ると肌の色はくすんでいる。掻いた後が白く 残り指で皮膚をなぞる。指の感覚はすごい。わずかに薄い隔たりを感じて、自分じゃないものを触っている気持ちになる。指先が思い出すこれは蚕の幼虫だ。小学生の頃、近所の友達の家に蚕を見せてもらいに行った。薄暗い部屋の中の、桑の葉を食む雨が降っているみたいな音と、青い匂いを思い出す。そっとつまんで手に乗せ、蚕の背に指を滑らせる。柔らかで 弾力があり、ひんやりすべすべした肌を楽しんでいると、桑の葉を探しているように動くの で可哀想になってもといた場所へ戻す。手をつかんだ吸盤のような足がぷつぷつと離れていくのを思い出したら、もう一度蚕を触りたくなっていた。蚕についてパソコンで調べながら 浮き上がった皮を慎重に剥いていく。剥いたら白くなると思ったけど前より暗くなった肌が きらきらと覗いた。

8 月 16 日

 

 蚕が届いたのは午後の一番暑さが厳しい時間帯だった。段ボールには 4 センチおきくらいに穴がいくつも開けられていて、蚕の幼虫は屋台の焼き そばが入っているようなプラスチックの容器に入っていた。3センチほどの小さい幼虫は頭を上げてゆらゆらと動いている。記憶の中の蚕は小指か人差し指ほどある、むっちりとしたものだったので、小枝のように細いそれは別の幼虫を見ている気持ちになった。潰さないように摘むか、指に乗るように誘導して 22 頭を段ボールの飼育ケースへ移動する。飼い方が書かれたA4サイズの冊子を読みながら、一緒に届いた人工飼料に手を伸ばす。太いソーセージの塊のような包みを割くとチーズのような匂いがした。桑の葉の粉末にビタミンやミネラルを加え、蒸したものだそうだ。本当は桑の葉で育ててみたかったけど手に入れるのが大変なのと、一度桑の葉を食べると人工飼料は食べなくなってしまうそうで諦めた。今日は飼育ケースの中に置いた粘土みたいな人工飼料を一生懸命に食べる幼虫を、首が痛くなるまで眺めていた。

8月 19 日

 

 日ごとというより数時間単位で大きくなっているのが確認できる。成長が早いとは聞いていたけど気持ち良いくらいによく食べて大きくなる。一生懸命に食べる姿は何時間も見入ってしまう。記憶の中の蚕に近づいてきた。食べる姿も良いが排泄の動作も魅力的だ。ソーセージの塊みたいだった人工飼料が蚕の中に入り、尾角と呼ばれる尻尾のようなものがついたお尻を少し上げて肛門が開くと、規則性のある円柱の塊が尻からするりと出てくる。桑の葉を食べる蚕の糞にはクロロフィルと呼ばれる良質な葉緑素が多量に含まれており、抽出し食品 の着色や、蚕沙と呼ばれ漢方としても使われるそうだ。人工飼料を食べた蚕の糞は使えるの だろうか。一つのものしか食べない生き物のうんこは、なんでこんなにきれいな感じがするのだろう。

8 月 21 日  

 

 4令から5令になる脱皮が始まった。たくさん食べてパンパンに膨らんで、皺がなくなったものから順々に食べるのをやめると、吐いた糸で足場を作り体を支えて動き回らなくなる。 この状態を” 眠” と呼ぶ。頭を高く挙げて前の足を合わせる様子はお祈りをしているようだ。 時折ギュッと体に力を入れてぶるぶると揺れる。こわばった体をほぐすように大きく伸びを すると体が震える感じと同じだろうか。パンパンだった体が少し萎んで、顔の根元に新しい 顔が見え始めたら脱皮は近い。頭に近い一番膨らんだ節の皮膚が裂け、そこから古い皮膚を 脱いでゆく。包まれていたからか、脱皮が終わったばかりの蚕はつやつやと光を受けて見えた。

8 月 23 日 

 

 5 令になった蚕の食欲はすごい。この時期に生涯の 90% の飼料を食べるらしい。 食べてはどんどん出してぐんぐん大きくなっていく。もりもり食べる様子は気持ちよい。食 べたのと同じくらいたくさんの糞も出す。脱皮が一番遅かった蚕はあまり餌を食べず動きが ぎこちない。倍ほど体の大きい他の蚕にふまれてはかわいそうなので別の容器に移して様子を見る。

8 月 27 日 

 

 1頭、また1頭と食べなくなって、八の字に頭を動かし糸を吐き続ける。ごはんの上しか 移動しなかった蚕が繭になる場所を探して縦横無尽に徘徊する。食べなくなってから出てく る糞はだんだんと水っぽくなって、最後には透明なおしっこになった。糸が重なってできた 薄い膜を、体全体でぐーっと押し広げてまるい形を作っていく。プチプチと糸が擦れる音が 心地良い。体が縮んで、透きとおって、繭を作ってどんどん姿が見えなくなる。変身のどこ か華々しいイメージよりも死を感じて悲しくなった。

 早めに別の場所に移した蚕はほとんど大きくならないままで、もう一頭様子がおかしい蚕 がいた。ぎゅっと体に力を入れては小刻みに震える。背中側の頭からお尻にかけてエビの背 腸のような箇所がある。元気な蚕は人間の脈みたいに体液が一定のリズムでぐんぐんと送り 出されていく様子が見て取れる。様子がおかしい蚕はこのリズムが遅く、弱々しかった。糸 を吐く様子もたどたどしい。しばらくすると頭の模様のそばの体の節の隙間がじわっと黒く なってきているのが見えた。病気かもしれない。窮屈そうなまぶしの中で、体を真っ直ぐに して辛そうに震えていた蚕を移動させようとそっとつまむと体が粘土のように弾力がなく なっていた。黒い色は頭からお尻の方へ広がっていく。黒くなりきった頭はもう動かなく なっていて、まだ白いお尻のほうがわずかに動く。体液はほとんど脈打っていなかったけど 一番後ろの足だけがしっかり地面を掴んでいた。

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9 月 1 日

 

 息を吹きかけると後ろ足の方だけ波打つようにわずかに動いていたのも、もう動かなく なっていた。ベランダにあるタイムの鉢植えの中に埋めた。 小さい蚕と黒くなって死んでしまった 2 匹を除いて 20 匹は繭をつくり終えたようだ。中の様子はもう見えないがじっと見ていると揺れる時があるのでまだ糸を吐いているのかもしれない。

9月2日

 

 小さいままだった蚕が水を吐いて死んだ。体中の水分が吐き出されて、お尻の方は脱皮した後の皮みたいになっていた。そっとつまんで、ベランダのラベンダーの鉢の中に埋めた。

9 月 4 日

 

 たくさんの絹糸を収穫できるように人の手が入った蚕は、繭が丈夫になりすぎて自力で出 られないことがあるそうだ。営繭から1週間が経ち蛹になって安定する頃にまぶしから繭を 外し、両端をナイフで切って穴を開ける。中の蛹を傷つけないように慎重に手を動かす。繭 は想像していたものより硬く軽やかで、内側になるにつれて糸の密度が増し、お菓子のゴーフルの表面みたいに凹凸がなかった。これだけ立派な繭を見て、何も食べずに糸を吐き続けて中で力尽いてしまっている蚕がいるのではないかと心配になる。恐る恐る覗き込むと、み んなしっかり蛹になって、そばには脱ぎ終わった幼虫の時の皮が畳まれるようにきれいに くっついていた。手の上で繭をすこし転がすとお尻をぐるぐると振り回す。周りの固定して いた糸がなくなったので、蛹が動くとぶるぶると繭が震えた。そろそろ羽化が近いのだろう。

9 月 9 日  

 

 朝起きると羽化した蚕が繭にしがみついて羽を伸ばしていた。 一番初めに繭を作った子だろう。生成色のふわふわとした毛に覆われた姿はとても脆そうで、 触れてはいけない気がした。幼虫だった時の半分くらいの大きさと変わりように全く別の生き物に思えたけど、お腹の節の隙間から体液がぐんぐんと流れるあのリズムが見えた。 お尻から茶色いおしっこがぴゅーっと飛ぶ。箱の外まで飛んだそれは何の匂いもしなかった。

9 月 10 日 

 

 繭を作った順にどんどん羽化する。オスの方がメスよりも先に羽化するらしいが、羽化した蚕はおとなしくほとんど動かないままなのでメスはまだいないのだろう。

9 月 11 日

 

 明け方に最初のメスが羽化した。お腹がオスの倍はあって、ぽってりと動きにくそうにし ている。お腹の節の隙間から半透明な黄色い幕がはみ出ているのは卵があるからだろうか。 繭から体が出終わり少し経つと、繭にしがみついてほとんど動かなかったオスが一斉に羽ば たきながら動き出した。お腹を曲げてぐるぐると旋回をしてメスを探す。この間雌はほとん ど動かず、お尻から出たり引っ込んだりする花の雌蕊のような形をした器官から出るフェロモンを空気の流れに乗せようと膨らませたり、わずかに羽ばたいたりする。これが婚礼ダンス matching danceと呼ばれているそうだ。雌にたどり着いたオスはお尻の先にある生殖 器で雌の体を確認しながら回っていき、生殖器同士がぎゅっとくっつくと体液のリズムのように、一定の間隔で羽を震わせた。交尾が終わって数時間経過したらくっ付き合った生殖器を人の手で捻るようにはずす。産卵のための体力を残すために行うのだが、これを割愛と言うそうだ。惜しいと思うものを思い切って捨てたり手放したりすることや、愛着の気持ちを断ち切ると言う意味があるが、 がっちりと交じり合う蚕を、少しでも体へのダメージが小さくなるように、そっと両手で掴んで生殖器がどんなふうにくっつきあっているのか、想像しながらはずすのはまさに割愛だった。あんまり難しいのでひと組だけ交尾したままにして様子を見ていたら数時間後には離れていた。

 オスとメスを別々の箱に離す。オスは雌のフェロモンを触覚で感知する間は雌を探してぐるぐると動き続けてしまう。お尻の毛が擦り切れていても、交尾が終わって割愛した後でも ぐるぐる回って、体がぶつかっては雌じゃないかとお尻を当てて確認し続ける。一斉に羽ば たきながらお腹を引きずって踊り出すので、鱗粉と毛が舞い上がった。

9 月 12 日

 

 交尾が終わった雌が産卵を始めた。お尻の先のフェロモンに囲まれた卵管を細かく器用に 動かして良さそうな場所を探しているようだ。肝油ドロップみたいなクリーム色の平べった い卵が、狙った場所に生み落とされていく。出てきたばかりの卵は艶々と濡れていてきれい だった。一緒に出てくるこの液体が乾くと糊の役割をしてガッチリとくっつく。自分のいるところを中心に円を描くように並べて産卵する蚕と、どんどん移動し産卵する蚕がいて、どんなふうに決めているのだろう。羽化した蚕は、幼虫だった時よりも個性が見える。

9 月 16 日

 

 初めの羽がカールした蚕が死んでしまった。産卵場所を探すような仕草でぎこちなく徘徊 し、産卵用に敷いた紙の裏に入っていく様子があった。落ち着く場所なのかもしれないと思ったので完全に動かなくなるまでそのままにしておいた。 メスの蚕は死ぬ前によく動く傾向があるかもしれない。卵を産み終えてお腹の膨らみがな くなりオスと変わらない大きさになる。卵を産卵する様子を撮影した子は一瞬浮き上がるくらいに飛んだ。生きているものには弾力がある。あんなにぎゅっと肌を掴んでいたのに、死んでしまった蚕の足は簡単にとれてしまう。

10 月 2 日 

 

 成虫になった最後の 1 匹が動かなくなった。じっとして動かなかった蚕は死ぬ前日くらいになると、お腹をよじらせながら小さい羽を目一杯動かして飛ぶように地面を滑る。壁にぶつかっては飛ぼうとしているような姿を見ていると外に逃したくなった。 卵から孵った幼虫は潰してしまいそうなくらい小さい。

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8月2日

 

 ひどい日焼けをして、カイコのことを考えながら皮を剥き終わった頃、しっかり日焼け止 めを塗ってもう1度海に行った。一緒に暮らしている人が、海が見たいと言った友人に藤沢 の海の映像を送ると聞いて、私も海が見たくなったのだ。 昼過ぎに家を出たら着いたのは 4 時すぎだったけど、まだまだ日は高く遮るものがない砂浜 は、充分に熱されて下から熱が登ってくる。浜はまばらに人がいて、こんなに暑いのに泳いでいる人は少ない。波が穏やかだからかサーフボードの上に立って海面を滑る人がちらほら いた。雲はほとんどなく空は青いのに、近づいて行くと海はどこかどんよりして見える。海 に入るのは好きだったのにいつから入らなくなったのだろう。家に帰るまでの車の中で、海 水に浸かってふやけきった唇に染み込んだ潮の味を、舐めては少しずつ薄れていくのを確か めるのが好きだった。 ぼんやりとした海の曖昧な色を見ていると、ムンクの「生命のダンス」を思い出す。この 海のような曖昧な色をした海を背景にダンスをする人々が描かれていて、絵の細部を見てい くと静かに不安な気持ちになる。誕生と繁殖、死が織りなす循環が描かれているそうだ。古 今東西、海に抱く様々なイメージと重なり合う。海辺の、寄せては返す水の流れの中で石同 士ぶつかり合い、少しづつ削れて行く様子は鳥の消化を思い起こす。歯がない鳥は飲みこん だ食べ物を砂や小石と一緒に砂嚢と呼ばれる消化器官ですり砕く。消化できない小石が食べ 物の消化を助けるのだ。そうするとだんだん海は大きな消化器官にも思えてくる。何かいい ものが流されてないか波打ち際を歩いていたら若い人たちが声を上げ、走りながら海に入っ ていく。ぐんぐん沖のほうに出て、頭だけぷかぷか浮いていた。

 帰りの電車、夏向けの薄い生地のマスクをつけている人に目がゆく。息を吸うたびに顔に 生地が吸いついて呼吸の動きがよく見える。みんな鰓呼吸になったみたいだ。唇を舐めると 潮風に当たったからかほんのり潮っぽい。少しだけ海に入った気分になった。

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10月3日 

 

 辻堂駅からまっすぐ南に伸びた道を行くと海に出る。 江ノ島が左手に見えた。いつも行く海岸は右手に江の島があったので新鮮だ。どちらかとい えばこちらの方が浜が広く波が荒い気がする。波の荒いところで飛沫が舞って向こうが霞ん で見えた。海から来る生暖かい潮の匂いがする風と、ひんやりとした空気が混ざり切らない うちに体に届く。薄手の長袖がちょうど良い気温だ。遠くで海鳥の群れみたいに浮かんで波 を待つサーファーたちは、寒くなってもいるのだろうか。泡立つ波の先が猛スピードで芋虫 が這っているように見える。砂が巻き上げられて黒く濁った波が、ざあっと伸びて地面に吸 われる様子を飽きずに眺めていたら、黒く光るものが波がさった後に取り残された。気に なって見に行くと安っぽいサングラスだった。藤沢の海はやっぱり今日もどんよりしていた。

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10月30日 

 

 藤沢から小田急江ノ島線相模大野行きに乗り、長後駅から歩いて” 蚕を守る祠” があると いう七ツ木神社に向かう。少し内陸に向かうので坂が多くなるのかと思ったら全然そんなこ とはなく平らな景色が続く。考えてみれば養蚕が盛んだった地域なわけだから、そんなに起 伏がある場所ではないだろう。長後は駅前にコンビニとパチンコ店が目立つくらいでローカルな印象だった。南東に向けて伸びる道をまっすぐに歩いていけば七ツ木神社に着くようだ。 一軒一軒の敷地が広い住宅街を通って町田街道を突っ切ると樹木に囲まれ道幅は途端に狭く なった。古い趣のある建物が並び、背の低い樹が屋根のように枝を広げて規則正しく並んで いる。少し前ならぶどうの甘い匂いがしたのだろうか。突き当たりに稲刈りが終わった田ん ぼが見えてくると左手に七ツ木神社があった。鳥居の周りには鳥籠や雑誌などのゴミがいく つか置かれていて、とても寂れた印象だった。そこかしこでパチパチと音がして不安な気持 ちになり様子を伺うと、少し風が吹くだけで上からどんぐりが降っては地面にぶつかり跳ね ていた。鳥居をくぐって祠を探す。 階段を登ったところにある狛犬のそばに祠はあった。” 護蠶祠” と正面には彫られていて 側面に下高倉養蚕組合が創立10周年を記念して大正 12 年(1923 年)4 月 3 日に建てたこと、 下の方にはぐるっと囲むように関係者の名前が記されていた。藤沢の養蚕はこの頃がピーク だったそうだ。祠には白い狐の置物が置かれていた。稲荷神社で祀られているのが五穀を司 る神様で、その使いが白い狐だからだろうか。祠を見ている間に参拝者がふたり来た。本殿 のような建物には落書きがされたシャッターが下りていて、ゴミも多いしほとんど人は来な いと思っていたので驚いた。時間をかけてゆっくりお祈りをしていた。 藤沢市内に流れる境川の周辺には源義朝を祀った神社が点在していて、これらを総称して” サバ神社” と呼ぶそうだ。サバは鯖と書くが、義朝は左馬(サマ・サバ)の神と呼ばれるの で、それが由来なのではないかと言われている。疫病が流行すると7つの鯖神社をまわり厄 除け、疫病払いをする民族信仰があり、それを七鯖参りといったらしい。ふと、蚕の脱皮の 前の様子を思い出す。 蚕は卵から孵って繭を作るまでの間に4回の脱皮を行い成長する。脱皮を行う時期を” 眠” といい、眠になるまでの間を” 令” と呼ぶ。眠の状態に入ると、頭を持ち上げた姿勢でじっ と動かなくなる。それはなんだか手を合わせてお祈りをしているようだった。

 帰る前に、もう一度祠の写真を残しておこうと何枚か撮影をした。欠けた窪みに空になっ た小さな繭がくっついている。すこし潰れた卵のような形で、上が綺麗に丸く切り取られて いるのが特徴的なこれはイラガの繭だ。焦げ茶色のはっきりとした模様がおしゃれなウズラ の卵みたいな繭がよく図鑑には載っているが、模様はないので別の種類だろう。尾角はある が毒を持たない蚕とは対照的に、強い毒針をいくつも持つイラガ の繭が蚕を守るために建 てられた祠にくっついているのはなんだか面白い。鮮やかな色でツノのような棘を持つイラ ガ の幼虫はウミウシ によく似ている。

海の蚕と書いてナマコと読む。ナマコは攻撃を受けると口や、場合によっては体を溶かして その間から白い糸状のものを吐き出すからだそうだ。これは腸(このわた)でこれを食べさ せている間に逃げるという。吐き出してしまっても再生するそうだ。ほとんど動かずに海底の砂粒についたバクテリアなどの微細な栄養を食べて生きている。なんと強くしなやかな生き物だろう。

 神社の周辺を散策できなかったので2週間後、もう一度七ツ次神社へ行った。鳥居の周り にあったゴミはきれいに片付けられ、蚕の祠にはお米と塩がお供えされていた。この辺りの 田んぼでとれたお米だろうか。駅からずっと一緒に歩いてきた女性もこの神社に参拝に来たようだった。

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11月27日

 

 ナマコとウミウシが見たくて江ノ島水族館へいく。海岸沿いにある江ノ島水族館はふとし たところに海抜何メートルかを示すプレートが貼ってあった。こんなに自分が海抜何メートルのところにいるか意識すると息が詰まりそうになる。じっくり見ていたらあっという間に 2時間が経っていて、見つけられないまま外に出てしまった。受付の人に尋ねると、ウミウシの水槽の場所と、ナマコは水槽の清掃要員だから紹介などはされていないがいろんな水槽 に入っていると教えてくれた。展示されていたのはアオミノウミウシだった。イラがの幼虫でもナメクジのような形でも なく、手足のようにも見える鰭がついている。この見た目から、Sea Swallow や Blue Angel、Blue Dragon などと呼ばれているそうだ。1 センチほどの小さい体は偏光パールをまぶしたみたいに、いろんな色に輝いて見えた。海で見かけたらつい触れてしまいそうな美 しさだが、猛毒の刺胞を持つカツオノエボシなどを食べるため、彼らも毒を持っている。

 ナマコはなかなか見つからなかった。館内を 3 周したところでようやく薄暗い水槽の奥 に沈んでいる1匹を見つけることができた。1 匹見つけたら 2 匹、3 匹と今まで見えていな かったナマコが水槽のいろんなところにいるのがわかった。みんな全く動かず、砂地にいる ものは口から透明な触手を砂の中に潜らせて食事をしている様子がみえる。少し前までなら タッチプールのコーナーでナマコに触れたそうだ。残念。いつか生きたナマコに触りたい。

 出口の手前あるお土産コーナーに大きなスーパーボールが詰まった機械があった。青く透 き通った球の中にいろんな海の生き物が入っている。卵みたいで試しにひとつ、お金を入れ て回してみたらサメの入ったものがでてきた。帰り道、手に取るよりたくさん詰まっている様子に惹かれたのだなと地面に弾ませながら思った。

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9月26日-12月11日

 

 蚕たちが産んだ卵をすぐにどうにかすることができなかった。悩んでいるうちに、きっかり2週間目の朝、様子を見に行くと卵の上にわらわらと、黒く全身に毛が生えた 2、3 ミリ ほどの幼虫が、頭を上げたお祈りのポーズで揺れていた。 生まれたばかりでも立派な蚕だった。成虫が羽化した繭からは糸を取ることはできなかったので、繭になるまで育てることに した。 黒くつやりとした頭だけ出ていた子が卵から出て来る様子を観察してから、柔らかい 筆でそっと掻いて別の場所に移す。 成虫になったうちの 8 匹がメスだったので、1 頭あたり 500~700 個の卵を産むと全部孵 れば 4000~5600 頭くらいになる。産卵後少し経つと黒く変色するその年には孵らない休 眠卵が半分ほどはあったが、それでも 2000。育てた数の 100 倍だ。今孵ったのは 100 頭か それ以上だろうか。これ以上は厳しいと思い、衝動的に残りの卵は茹でることにした。 強火でボコボコと沸騰する湯の中に卵を入れていく。紙の上に産みつけられた卵は茹でてい るうちに紙から離れて湯の中で踊る。鍋の上にのぼる湯気は嗅いだことのない匂いがした。

小さかった蚕はまたあっという間に大きくなり、ついに糸を吐くまでになった。掃除の度 に一つのところにまとめた蚕が絡み合う姿には毎回惹きつけられてしまう。たくさんの蚕が 営繭のために部屋中を徘徊し始める前にまぶしの準備に取り掛かる。1 週間経つとほとんど 繭になり、まぶしから繭を外した。耳元で繭を軽く振ってカラカラと乾いた音がすれば蛹に なったとわかる。糸を取る時間が取れなかったので、冷凍庫に入れて保存した。

 蚕たちがいなくなったまぶしを片付けていたら何頭か、机の裏や棚の上に繭を作っている のに気がついた。12 月になり羽化のタイミングはだいぶ過ぎていたので、まとめてお皿の 上に置いていたら、1 頭だけ自力で繭から出てきて驚いた。メスだったのでほとんど動かず、 寒くないだろうかと手に乗せると卵を産み始めた。交尾しないと卵は産まないのかと思って いたが、交尾しなくても鶏も卵を産むし、私の体も毎月排卵している。指先へ移動した蚕は リズム良く卵を生みつけていく。しばらくの間蚕の産卵を見守った。

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1月7日

 

 繭を茹でる。冷凍庫に保存してあった繭を取り出してベランダで糸取りの準備をする。 繭を茹でる匂いは臭いと聞いていたので寒いけど外で作業することにした。ベランダは生垣 をはさんだ向こうがすぐ墓地なので線香の香りが流れてくる。全部は入りきらないのでひと まず50個の繭を水が入った鍋に入れる。気温が低いので沸騰する前からもくもくと湯気が のぼった。蚕の卵を茹でた時は嗅いだことのない匂いがして、いっそう恐ろしいことをして いる気持ちになったけど、この湯気の匂いは何かに似ている。どちらかといえば臭くなくて、料理をしている時のような匂いだ。旨味の濃い野菜をシンプルな味付けで煮ている時のよう な、でも少し生臭さも感じる。糸を取り終えて出てきたサナギは状態の良いものを選んで佃煮にして食べることもあるそうだが、収穫してからだいぶ時間が経つのでやめておく。もったいないことをしてしまった。火を弱めて繭を掻き、ほぐれたところから糸を取り始める。 20個ほどの繭から糸をひっぱり一つにまとめて手頃な木の板に巻きつけてみた。一本一本 は細いのに、より合わせると思った以上に丈夫な糸だ。まだ水を含んだ糸はまとまっていく と濡れた髪みたいに艶やかだった。蚕は3日かけて1500m の糸を吐くという。中のサナギがはっきり見えるまで糸を取る頃、お湯は醤油を入れたくらいに茶色くなり、蚕の出汁 にたっぷり浸かった指はシワシワにふやけていた。手の匂いを嗅いで何に似ているのか思い 出した。エノキを保存するためにカラカラになるまで干してからフライパンで炒った時の匂いだ。こうするとなぜだかスルメイカのような味になる。ベランダの鉢のお墓は満杯なのも あり、蛹は糸をありがとうと思いながらキッチンペーパーに包んで生ゴミと一緒にゴミ箱の 中へいれた。

 今日はとても寒いけど日差しがあって空気は乾燥している。冷蔵庫の中にエノキがあるの を思い出した。ほぐして、まな板の上にのせてベランダで日に当てる。一昨日私は30歳に なった。